医局長のつぶやき

2017年06月

パスツール研究所での二年間

循環器内科 病棟医 北里 梨紗

※以下は日本パスツール財団のホームページ(http://zaidan.pasteur.jp/news/docu_researche/20170620_001.pdf)に寄稿させて頂いた内容を編集したものです。
この度、6月12日を以てパスツール研究所での研究生活を終えた。私は日本では当教室の大学院にて基礎研究に興味を持ち、阿古教授、東條美奈子准教授のご指導の下学位を取得させて頂いた後は2015年10月の留学直前まで大和市立病院に出向し臨床業務に携わり、留学先のパスツール研究所ではHeart Morphogenesis groupにポスドクとして勤務した。
この二年間は私にとって毎日が新鮮であった。多くのことを吸収し、楽しい事も苦しい事も多く経験し人生に不可欠であったといっても過言でない。
まず研究面について、最初は苦しんだ。臨床業務にそれまで従事していたからという言い訳が通用する世界でないことは十分承知しているつもりであったが、私の基礎研究に対する知識は、世界から集まった精鋭の研究者たちの技術やディスカッションのレベルとは程遠いのだと思い知らされた。しかし、私の最大の幸運な点は言葉の障壁があまりなかったことだと思う。幼少期の大部分を海外で過ごし、大学院でフランスに留学し、その後パスツール研究所に赴任する頃にはDALFC2というフランス国民教育省が認可している最高のフランス語レベルを既に取得していた(勿論まだまだ完璧なネイティブスピーカーとなるため努力が必要なレベルだと自覚しているが)。語学力には不安はなかったので、恥ずかしいという気持ちは捨て、何でも質問し、とにかく研究所の方々とコミュニケーションをとろうとした。すると、共通することが分かった。主に私はラボのポスドク、細胞イメージングのプラットフォーム、RNA sequencingのプラットフォームの下にこれでもかというほどしつこく通い詰めていたが、世界で活躍する優秀な研究者程、自分の知識を惜しみなく提供し、よりレベルの高い研究結果を共に出そうと導いてくれ、私の意欲もどんどん上げてくれるのだ。また、優秀なテクニシャンにもとても助けられた。最高のサポートのおかげで、私がずっと論文のリバイスを担当していた実験が最終的にアクセプトされたときの達成感は今でも忘れられない (Diguet N, Kitasato L et al. Nature Comm 2017)。
ラボヘッドにも私の将来構想やキャリアの積み方について積極的に話しに行っていたため、最終的に彼女が私のキャリアを後押しするようにプロジェクトをリードしてくれた点については、頭が上がらない。その為、「何としてでもリサの結果を論文に使える図表にしよう」と勤務最終日まで朝6時に出勤し、お互いの納得するまでディスカッションしたのは今でも残る心地よい疲労である。
また、プライベートではフランスらしい生活を十分に満喫し、旅行や芸術鑑賞により仕事とのメリハリをつけた。美術館、オペラ座、パリフィルハーモニー、シャンゼリゼ劇場へは定期的に足を運んだ。週末に定期的に行っていた主な旅行先は、冬のアルプス、夏は南仏、そして季節の変化が楽しめるロワール・・・これらの全てが、海外で戦闘モードに入っていた私の心を満たし、和らげてくれる必須のものであった。
今後は、これまでの循環器内科医として重症患者の治療にも関わってきたキャリアをよりサイエンスの場で生かしたいと考えた。よって、7月よりパリのソルボンヌ大学:ピエール・マリーキュリー大学で心筋の再生医療について、臨床応用を目的として基礎研究の視点でアプローチしていく予定である。私の臨床医としての経験に加え、パスツールで学んだ技術を十分に活用できるよう、日々研鑽に励んでいきたいと考えている。
この二年間、パスツール研究所に所属する研究者とパスツール協会・財団のパイプ役を勤めさせて頂き、ご協力頂いた研究者の皆様、協会・財団の皆様、阿古教授をはじめ、私の大学院時代も含め長い留学生活に理解を示して下さる阿古教授をはじめとする医局の皆様に心より感謝したい。

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最後に宣伝だが、パスツール研究所では、パスツール財団及びフランス政府給費と連携し、若い日本人理系留学生を募集している(https://jp.ambafrance.org/article2915)。私は、当時WHOの研究機関に留学していたためパスツール財団の援助は受けていなかったが、2013年度のフランス政府理系給費留学生に採択され、この一年間は現在の研究者としてのキャリアになくてはならないものでであった。ご興味がある方がいらっしゃればいつでも相談に乗らせて頂くので気軽に連絡して頂きたい。今後、日仏の科学を通した交流がより活発となることを祈り、少しでもその一端を担えればと切に願っている。