医局長のつぶやき

2018年02月

国内初の植込み型補助人工心臓 (HeartMate II)症例の海外転院搬送を経験して

循環器内科学 診療講師 成毛 崇

当院は数年前より植込み型補助人工心臓 (iVAD, 写真1)の認定施設となっており、日頃、多くの重症心不全症例に出会います。そして、それぞれを吟味し最適な治療を判断していくことになりますが、このiVAD治療は我々医師のみならず、コメディカルスタッフの協力があって初めて成立できるものと考えています。今回、当院のチームワークによって、おそらく国内初の「iVAD例の海外転院搬送」を成功することができましたので報告させて頂きます。

1802n1 写真1: 今回使用した、植え込み型補助人工心臓 (HeartMate II)の概要

昨年11月末日、研究会で発表させて頂いている最中、同席していた同僚に一報が入りました。「iVADの適応になり得るケースがあり早急に検討が必要」とのことでした。当院におけるiVADの適応は、多職種による「院内検討委員会」を開催し判断されますが、今回、検討されたケースはなんと外国籍の旅行者でした。前滞在国から徐々に体調を崩し、日本に到着した翌日に心不全の診断で前医へ緊急入院されていました。心不全は重症で、かつ心臓内に血栓を認めていました。当然ですが、ご本人は母国への早期の帰国を強く希望されていましたので、前医において心内血栓除去とiVAD装着が最適と判断され、当院心臓血管外科 北村先生に相談、そして我々にも話を頂く事になりました。すぐに「院内検討委員会」を開催し、我々とご本人の母国との間にあるiVADやそれを取り巻く医療環境の違いが問題視されたものの、心臓血管外科 宮地教授より「帰国する希望があるのなら、当院としてそれを実現させるに全力を尽くすべき」とのコメントもあり、当院への転院日及び手術予定日を決定し、実行するに至りました。
予定通り手術が施行され、その数日後には人工呼吸器から離脱、リハビリテーションを開始、その後も順調に経過されGICUから心臓血管センターに転棟されました (写真2)。従来はこのあたりから退院の準備をしていきますが、今回のケースはここから帰国準備が本格的になってきました。当院の移植医療支援室、レシピエント移植コーディネーターの中島さんの大きな協力があり (毎度毎度ありがとうございます!)、母国のiVADやその周辺医療についての経験があり、今後の通院に適した医療機関のコーディネーターともコンタクトを円滑にとることができ、受け入れ準備を整えてもらう確約を得ました。しかし、今回の転院は国内ではなく国際転院、さらにiVADを飛行機内に持ち込むため、飛行機の手配のみならず機内の動線確認、キャビンアテンダントさんとの打ち合わせが必要になりました。更に母国の空港到着後の現地医療スタッフとの待ち合わせまで綿密な計画立案と起こりうる問題点の対処法、さらには転院までの必要医療機器の手配や精密機器の梱包に至るまで、中島さん、MEさんを中心にたくさんの部署が連携し奔走して頂き、本当に頭が下がる思いでした。そして病棟看護師さんの気配りは、機内で休んでいるとiVAD周辺の包帯が汚れ、はがれてしまうかもと予想し、そのため機内での取り替え用の包帯を準備するところまで巡らされており本当に驚きました。

1802n2 写真2 :センター転棟後間もない時期のリハビリテーション風景。
リハビリ部スタッフさんとMEさんが付き添います。

転院前日も皆で当日のスケジュール確認を行い、いよいよ当日を迎えました (写真3)。空港内では事前打ち合わせのため、手続きは円滑に進み、搭乗までの時間を食事する (お土産を買う)、などゆったりと過ごしました。フライト中も安定され、ほぼ予定通りにiVADのバッテリー交換を経て現地に無事に到着し、私も胸をなで下ろしました。 (写真4, 5)。

1802n3 写真3: 退院時。病院前にて。病棟看護師さん、
ME部のみなさんと左から2番目が
レシピエントコーディネーター中島さん、
ご本人の両隣が担当医加藤彩美先生と筆者。
退院まで本当に皆さんおつかれさまでした。
1802n4 写真4: 搭乗直前のご本人。旅行中での発症であったため、
終始帰国が夢のようだ、と仰っていました。
1802n5 写真5: 機内の様子。後ろは当院搬送後から付き
添われているご家族。お二人とも本当にうれしそうでした。

しかし、搬送中最もハードだったのはここからだった様に思います。空港到着に若干の遅れがあったことと、そこはやはり異国。日本の「おもてなし」感はなく、渡航前に人員確保をリクエストしていたにも関わらず、「人が居ない」「私で十分」で片付けられ、精密機械すらも乱暴に扱われそうな始末…。仕方なく入国審査などすべての過程、そして現地スタッフと合流するまでの約1時間を手荷物、最後にはスーツケースまで、私と家族の二人で運ぶ事になりました(患者さんご本人は全く問題なく元気でしたが、諸事情により空港内は車いす使用でした)。当然、空港内の移動に予想以上の時間を要し、現地スタッフとの合流地点では、待ちくたびれたスタッフがすでに待ち構えていました。彼らも勤務時間が延長しているとのことで申し送りも簡単に済ませ、ご本人、ご家族とも挨拶をかわし、救急車で早々、搬送されていきました… (写真6, 7)。後日、ご本人と現地VADコーディネーターから、引き渡し後スムーズに現地施設まで到着されたこと、無事に母国のiVAD関連プログラムを経て、帰国後約2週間で退院されたと連絡がありました。ご本人が無事に帰国され、そこでの生活に戻れたことを非常にうれしく思います。

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写真6: 搬送する準備万端の救急車。 写真7: 救急車収容時のご本人。

2020年の東京オリンピック開催を見据えると、他国籍旅行者が患者として搬送されるケースも十分予想されます。今回のケースから、当院では様々な問題が残されており、今後の課題であることを認識できました。しかし、その一方で、日頃、周りの方々に助けられ仕事ができていること、さらには当院の各チームのフットワークと、そして各チーム間のチームワークの良さを認識でき、一主治医として貴重例に携わったことのみならず、多くの事を学ぶことができ非常に有意義であったと感じています。
最後にコーディネーター中島さんをはじめ、病院事務部のみなさん、看護師さんやMEさん、リハビリテーションのPTさん、そして心臓血管外科 宮地教授、北村先生、担当医としてのみならず、細やかな気配りと茶目っ気を出してくれた加藤彩美先生、適宜相談に乗ってくださった当科 阿古教授、そしてわれら心不全チームのメンバーに感謝申し上げます。 本当にありがとうございました (写真8)。

1802n8 写真8: 帰国前日の集合写真。ご本人と担当医加藤彩美先生、
筆者 (時々3人で院内散歩したり、お茶したり…)。